【天井クレーンの構造と動作の仕組み】 ―電機・原動機の基礎から免許学科試験、現場の安全管理レベルまで徹底解説― 

工場や倉庫の生産ラインで欠かせない設備の一つが「天井クレーン」です。重量物を安全かつ効率的に搬送するための機械ですが、その内部構造や電気的な仕組みは、意外と知られていません。本記事では、原動機(モーター)と電気の基礎知識、天井クレーン免許(技能講習ではなく“免許”の方)の学科試験に触れる内容、さらに力学的な視点、そして現場のプロによる安全管理と予防保全の知識まで含めてわかりやすく解説します。


■ 天井クレーンの基本構造

天井クレーンは大きく以下の要素で構成されます。

走行装置(クレーンガーダー・サドル)

建屋のレール上を縦方向に移動する部分。走行モーターと車輪で構成。

横行装置(トロリー)

ガーダー上を横方向に移動する小型の台車部分。横行モーターで駆動。

巻上装置(ホイストまたはチェーンブロック)

ワイヤロープ(チェーン)を巻き取ることで荷物を上下させる中心部。モーター、減速機、ブレーキを内蔵。

この3つの動き—走行・横行・巻上—が組み合わさることで、三次元の荷物搬送が可能になります。


■ 電気の種類と単位の基礎

クレーンの電源は工場では 三相交流200V が主流です。

電気の基本単位も押さえておきましょう。

電圧[V](ボルト):電気を押し出す力

電流[A](アンペア):電気の流れる量

電力[kW]:仕事をする能力

周波数[Hz]:交流の振動数。50/60Hz地域で異なる

三相交流は単相100Vより効率が良く、モーターを力強く回せるため、天井クレーンのような産業機械に適しています。


■ モーターの仕組み

巻上・横行・走行の主要原動機は かご形誘導電動機(インダクションモーター) が多く用いられます。

特徴

構造がシンプルで故障が少ない

回転数が周波数でほぼ決まる(同期速度に追従)

起動トルクが大きく、荷物を動かしやすい

クレーンでは多くの場合 三相200V が使われ、逆相電源を利用したブレーキ動作や、インバーター制御で速度を調整する機種も増えています。細かな運搬が必要な現場では、滑らかに加減速できるインバーター制御型クレーンが非常に重宝されます。これは、低速での安定したトルク確保や、急加減速による荷の振れ(慣性)を防ぐ上で極めて重要です。


■ 減速機と巻上装置

モーターは高速回転が得意ですが、クレーンに必要なのは大きなトルク。そこで 減速機(ギアボックス) を介して回転数を下げ、力を増幅します。

また、巻上装置には ドラム(巻胴) があり、ここにワイヤロープを巻き取ることで荷物が上下します。ワイヤ巻き数に偏りがあると荷が傾いたり、ロープ寿命が縮むため、構造上とても重要な部分です。


■ メカニカルブレーキの仕組み

巻上装置には必ず ブレーキ が付いており、停電時やモーター停止時に荷が勝手に落下しないように設計されています。

乾式電磁ブレーキ

一般的。モーター通電時にブレーキが解除され、停止するとスプリングの力でブレーキがかかる「フェイルセーフ方式」。

ラチェット式ブレーキ(巻き下げ時のみ作用)

油圧ジャッキの逆落防止と似た仕組みで、巻き下げ方向のみ常に力を受け止める構造。落下事故を防ぐ重要部品です。





■ 力学:ワイヤ掛け数と荷重の関係

クレーンの能力を語るうえで欠かせないのが ワイヤ掛け数(巻掛け)です。

ワイヤ掛け数別の特徴

2本掛け

最も一般的。ドラムを1往復する構造。

巻上速度:速い

負荷分散:小さめ

適用荷重:軽中荷重


4本掛け

荷重が分散し、より重いものを持てる。

巻上速度:2本掛けの約半分

負荷分散:大きい

適用荷重:重荷重


6本・8本掛け

さらに重荷重に対応する構造。

巻上速度:遅くなる

負荷分散:さらに大きい

適用荷重:超重荷重


ポイント: ワイヤ掛け数が増えるほど → 荷重は分散 → 巻上速度は低下 → 設備が大型化します。巻上能力を決める大きな要素であり、設計でも現場操作でも重要視されます。


■ 重心と慣性:荷を安全に扱うために

荷物にクレーンフックを掛ける際、最も重要なのが 重心位置。

重心がズレると、吊り上げた瞬間に荷が傾く

横行や走行で振れが大きくなる

慣性力により制動距離が伸びる

最悪の場合、荷が回転し周囲に衝突する危険

特に天井クレーンは慣性が働きやすく、重い荷ほど一度動き出すと止めにくくなります。横行・走行操作では ゆっくり加減速 することが安全の基本です。学科試験でも「慣性」「重心」「荷の振れ」の問題は、頻出分野です。


■ 天井クレーン運転士免許(学科)で問われるポイント

技能講習と違い、国家免許では次のような知識が求められます。

◎ 電気・原動機

三相交流の特徴

誘導電動機の仕組み

ブレーキの構造とフェイルセーフ

過負荷保護(サーマルリレー等)


◎ 力学

つり荷の重心

ワイヤ張力の計算

荷の振れと慣性

巻掛け数による力の変化


法令

安全規則

作業主任者の職務

定期自主検査の義務

現場経験がある方なら、構造をイメージしながら勉強すると理解が早くなります。


■ 危険防止装置と安全管理:現場のプロが語るクレーンの生命線

天井クレーンは人命や財産に関わるため、その安全管理と危険防止装置の信頼性が最も重要です。製造・点検・修理の現場で欠かせない安全機構と、法令で定められた管理義務について深く掘り下げます。


1. 落下・衝突を防ぐ多重の安全装置

巻上装置には、荷物の落下や過剰な巻上げ・巻下げによる事故を防ぐための、複数のフェイルセーフ(安全側へ動作する)機構が備わっています。


1.1. 過巻防止装置(リミットスイッチ)

巻上げ動作が設定された上限を超えそうになった際に、自動的に電源を遮断し、制動をかける装置です。

機能: フックブロックがドラム(巻胴)に接触する直前に、電気的に巻上モーターの電源を遮断し、同時にブレーキを作動させます。

構造と種類: 一般的にワイヤロープの張力やフックブロックの動きを検出する重量式や、ドラムの回転数で検出する回転式のものが用いられます。これが機能しないと、ワイヤが切れ、最悪の場合、荷の落下につながります。


1.2. 過負荷防止装置(ロードセル)

クレーンが吊り上げることのできる最大の重さ(定格荷重)を超えた荷物を吊ろうとした際に、それを検知して巻上動作をロックする装置です。

機能: クレーンガーダーや巻上装置にかかる荷重を常に監視しています。定格荷重の100%〜110%を超過すると警報を発し、巻上げ動作を停止させます。

メカニズム: 主に、ワイヤロープの張力を検出するロードセル(ひずみゲージ式荷重検出器)が用いられます。これにより、設計上の強度を超えた負荷がかかることを未然に防ぎます。


1.3. 巻き下げ時の安全ブレーキの多重構造

メカニカルブレーキに加え、三相かご形誘導電動機を使用するクレーンでは、以下の電気的ブレーキが併用され、制動の信頼性を高めています。

逆相電流ブレーキ(逆電流制動): 巻き下げ操作時に、モーターの回転方向と逆の電流を流すことで、急激な制動力を得ます。微速運転や正確な位置決めが必要な場合に有効です。

回生ブレーキ: 特にインバーター制御のクレーンで採用。荷物を巻き下げたり、クレーンを減速したりする際、モーターを発電機として動作させ、その電力を電源側に戻すことで制動力を得ます。エネルギー効率が高く、ブレーキ部品の消耗も抑えられます。





■ 現場の知恵:故障の原因と予防保全の視点

クレーンのプロとして長年修理・点検に携わってきた経験に基づき、構造の知識が直結する「現場でよく見られる故障」と「予防保全」の重要性を解説します。


1. モーターと電気回路のトラブル

クレーンの「動かない」「急に止まる」といったトラブルの原因の多くは電気系統にあります。

・故障現象:動作しない

構造・部品上の原因:電磁接触器(マグネットコンタクタ)の接点摩耗や溶着。/ 制御電源のヒューズ切れ。

予防保全(点検)の視点:接触器は消耗品。定期的に接点部の焼けや摩耗を確認し、交換サイクルを把握する。

・故障現象:異音がする

構造・部品上の原因:サーマルリレー(熱動継電器)の作動。/ モーターのベアリングの摩耗。

予防保全(点検)の視点:モーターの運転電流を測定し、過負荷や三相電流の不平衡をチェックする。

・故障現象:焼損事故

構造・部品上の原因:サーマルリレーの選定ミスや故障。/ モーター内部の絶縁劣化。

予防保全(点検)の視点:サーマルリレーの定期的な試験(動作確認)と、モーターの絶縁抵抗測定。


2. 巻上装置(ホイスト・減速機)のトラブル

荷重を直接支える機構は、摩耗が避けられません。

減速機のオイル漏れ: ギアボックスのオイルシール劣化や、内部ギアの損傷による異常発熱が原因です。オイル交換やレベルチェックを怠ると、ギアの焼付きにつながります。

ブレーキライニングの摩耗: 乾式電磁ブレーキのライニングは消耗品です。摩耗が進行すると、ブレーキの制動力が低下し、荷がずり下がる現象が発生します。定期自主検査では、このライニングの間隙測定が義務付けられています。


3. ワイヤロープの廃棄基準と点検

ワイヤロープは荷を吊る唯一の部品であり、その健全性が人命に直結します。

素線切れの基準: 労働安全衛生法では、ワイヤロープの一よりの間(ロープを構成する一本の綱の間の長さ)で素線(細い線)の10%以上が切断している場合、または直径の減少が7%に達した場合は使用禁止です。

その他の劣化: キンク(よじれ)や著しい腐食は、たとえ素線切れが少なくても強度を大きく低下させます。これらは全て日常点検および定期自主検査で厳重にチェックされます。


■ 法令遵守:クレーン運転士と管理者に求められる知識

免許取得者が現場で安全に作業するため、また管理者がクレーンを適正に運用するために、労働安全衛生法に基づく法令の知識は不可欠です。


1. 検査義務:特定自主検査(年次検査)と月次検査

クレーンは、使用者が自ら定期的に検査を行うことが義務付けられています。

特定自主検査(年次検査): 1年以内ごとに1回、有資格者が分解して行う精密な検査です。構造部分、フック、ワイヤ、ブレーキ、電気回路に至るまで、徹底的にチェックされ、その結果は3年間保存義務があります。

月次検査: 1月以内ごとに1回、点検表に基づき、外観から容易に点検できる項目(ブレーキの効き、警報装置、ワイヤの状態など)について実施されます。


2. クレーン等安全作業主任者の職務

吊り上げ荷重5トン以上のクレーンを用いて作業を行う場合、クレーン等安全作業主任者を選任しなければなりません(技能講習修了者)。

職務の具体例:

作業方法の決定: 安全な作業手順と合図方法を定め、作業者を指揮すること。

点検と確認: ブレーキや制御装置の異常の有無を点検し、作業箇所に危険がないか確認すること。

玉掛けの監督: 吊り荷の重心を確認し、正しい玉掛け方法が守られているか指導すること。


3. 運転前の日常点検(免許取得後の第一歩)

免許を取得し、クレーン運転業務に就く者が、作業を開始する前に必ず行わなければならない義務です。

ブレーキの確実な作動

コントローラーの異常の有無

ワイヤロープの損傷の有無

警報装置(ブザー、ランプ)の作動確認


■ まとめ:天井クレーンは「安全」を織り込んだ総合装置

天井クレーンは、電気工学・機械工学・力学の高度な結晶であるとともに、人命と資産を守るための安全管理と法令遵守が不可欠な産業設備です。

三次元動作を可能にするモーターと高度な制御技術。

減速機と巻上装置の精密機構と力学的な設計。

落下・過負荷を防ぐ多重のフェイルセーフ機構。

故障を未然に防ぐ日常点検と法令に基づく定期検査。

これらの「構造と安全」を深く理解することは、現場でのトラブルを予防し、安全で効率的な操作を実現する基本となります。免許取得を目指す方、現場の管理者にとって、実機の構造理解と法令の遵守は、最も重要なプロフェッショナルとしての資質です。

クレーンの世界は、一見すると地味に思えるかもしれません。 しかし、ものづくりの現場を支える重要な役割を担っており、 その技術の積み重ねが今日の日本の産業を動かしていると言っても過言ではありません。


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